子育ての悩みが、子供がいれば、自然にできるものである。
ネットなどには、子育ての悩み解決方法などのホームページがたくさんある。
けれども、よくよく考えれば、子育ての悩み解決に、これだというものはない。
たとえば、両親が共働きでもしっかりした子供がいるし、両親が離婚しようとグレもせずに、立派に生きている人もいる。人それぞれといってしまえば終りだが、個々の家庭でそれぞれの顔があることは、事実だろう。
しかし、子育ての悩みがないということはないだろうし、親はいつまで経っても親とも言われている。
わたしは最近歴史の重みを感じることがある。歴史の教えは何かしらのものを人の心に投げかけるように思う。
それは、常識とも言い換えることができ、その中に豊富な解決があるようにも思う。もっとも常識も時と場所によって変わるものであり、正確には常識を元にした一般的思考である。
たとえば、子供がすねているのは、常識から見れば、お母さんから注意されたからである。何を注意されたからと言えば、ゲームを中断させられたからである。
なら、ゲームをやり過ぎるとどういうことになるのか、一般的に考えられることを、きちんと説明してあげることだろう。
もっとも目が悪くなって何が悪いと反抗されそうだが、それは一般的にはへ理屈の部類だ(笑)。
いずれにせよ、常識と当り前の思考で、子育ての悩みを解決しようとする姿勢が、大事なように思う。